『ネイチャー』にロマンスはない――少なくともあるべきではない。二重括弧が付いていることからおわかりいただけるように、私が言っているのは母なる自然のことではなく、かの学術雑誌のことである。
 〈言葉によらず〉とはロンドン王立協会が掲げる不変不動の標語であるが、これはすなわち、科学的事実を公表するならば、それを裏付け、立証する証拠(あるいは論文なり)を提示しなければならないという意味である。アアリラについてここに記すにあたって、この決まりを守ることは難しく、それどころか不可能なのだが、最善を尽くそうと思う。
 『ネイチャー』には、好事家たちに科学分野におけるその週の新しい出来事を紹介する〈注目記事〉があるが、その――いや、かの素晴らしき雑誌の何年の何月号かは、好事家の方々にご自分で探していただいた方がいいだろう。というのも、私はフランスのポーにあるホテルで、ピレネー山脈の壮大な眺めを前に、その記事の切り抜きだけを手元にこれを書いているのだ。記事の内容は以下の通りである――

   アラード・マークワンド教授が、本月十四日、パイピング・ペブワースに自身で所有する観測所にて急逝した。死因や死亡前後の状況は不明。検屍陪審は死因不明の評決を下している。遺体には奇妙な外傷があり、観測所の水銀灯に電力を送るための高出力の発電機のそばで発見されていることから、感電死の可能性が高いと思われる。
   マークワンド教授は光線電話の研究開発で著名であり、事故現場となった観測所は超高出力の水銀灯装置を備えている。

 この後に故人の詳細な経歴が続くが、これについてお知りになりたい読者は人名辞典を参照されたい。
 マークワンドの死の真相を記録に残すか、それとも検屍陪審で下された〈死因不明〉の評決をこの件に関する唯一の(そして公式の)見解のままにしておこうか、私は頭を悩せてきた。場合によっては、私は不誠実で、観察者として信頼の置けない、科学者の風上にも置けない人物と――いや、もう狂人と言ってもいいだろう――思われてしまうかもしれないのだ。
 いずれにせよ、この手記は私の生きている間は公表することはできない。そんなことをすれば、コスモポリ大学心理学教授としての私の地位は失墜してしまうだろう。私は自分のことを強く、腹の据わった人間だと思っているが、それでも木曜の午後に、王立協会の喫茶室に集まった同僚たちの和やかな輪の中に入っていくことを思うと尻込みしてしまうし、彼らの顔を見て、霧に包まれたオカルト的な――調査? 実験? 自己欺瞞?――呼び方は何であれ、あちらの世界へと足を踏み入れ、しかも不幸なことに、その記録を公にしてしまった大科学者たちに、自分も仲間入りをしてしまったのだと思い知らされるのが怖かった。
 と、くだくだと言い逃れを並べてきたが、しかし私は、この生涯でもっとも驚くべき、そして壮大なる体験を、どうしても記録に残さないわけにはいかないのである。
 検屍陪審の報告書では、アラード・マークワンドの遺体について証言をしたのは私ということになっているようである。それによれば、私は事件当日の朝八時に観測所に入り(私はウォリックシャー州で彼と一ヶ月をともに過ごしていた)、前述の発電機にもたれかかった彼の遺体を発見したことになっている。これは事実ではない。私が彼をそこまで引きずっていったのだ。そうするしかなかった。何らかの説明を用意しておく必要があったから。彼が死んだ時、私はそこにいたのだ。



 前述の『ネイチャー』の記事にあるように、マークワンドは光線電話の研究に熱心に取り組んでいた。一九一九年、王立協会の夜会に出席する栄誉に浴した者は、ランキン博士※1が披露したこの驚嘆すべき音声伝達方法の公開実験を覚えておられるだろう。
 会議室から読書室の奥まで、集まった客人たちの頭上に一本の光線が伸びており、読書室に用意された鏡の受光板には電話機が取り付けられていた。そして精妙なセレン光電池の装置を介して、会議室にいるランキン博士の助手が送声器に向かって話す言葉を読書室の電話で聞くことができ、そして一枚のカードで受光板に当たる光線を遮ると、通話が途絶えてしまう――これが実演されたこの日のことは、すべての出席者の記憶に残るだろう。私はひときわ美しい赤毛の娘が――いや、彼女はこの手記には関係ない。
 マークワンドは私に実験の要領を説明してくれた。というか説明しようとしてくれていた(彼が自前の実験設備を持っていることは知っていた)。少年時代に始まってイートンとトリニティ校も同窓、そのままそろってコスモポリ大学の職員になっているほどの長い付き合いだから、彼のことはよく知っているので、実験について語る彼の熱中ぶりに私は一抹の不安を覚えた。
「ずいぶんと興味深いね」私は言った。
「興味深い!」と、マークワンドは、月明かりのナイアガラの滝を初めて見て、「あら――すッごいじゃない!」とのたもうたアメリカ娘にでも言うような口調で叫んだ。
「興味深いだって! おいおい! これはとんでもないことだぞ! 怖ろしいくらいに!」
 私は内心で少し首を傾げつつマークワンドを見やった。私にはそれほどのことには思えなかったのだ。彼の顔は灰色で、唇と手は小刻みに震えていた。彼が働き過ぎなのはわかっていた。私はひどく不安になった。彼はパイピング・ペブワースに小さな別荘と観測所を持っているので、これまでも私は、せっかくなのだからそこでのんびり羽を伸ばしてくるようにと勧めていた。彼は学期が終わったらすぐに、私も一緒に行くのならばという条件付きで、そうすると約束してくれていたのだった。
 とりあえずその夜は早めに引き上げて、私はマークワンドを連れ帰った。その後、自宅でパイプを吸い、ウイスキーのソーダ割りを飲みながら、彼は告白めいたものを口にした。私には、彼が発狂とまではいかずとも、深刻な神経衰弱に陥る一歩手前の状態にあるように思えた。私は友人として、ここは一つ、あたかも激しい神経症に苦しむ患者を諭すように優しく、しかしきっちりと注意をしなければと思った。
「ほら、マークワンド」私は言った。「いったい何の話なんだい? 神経を張り詰め過ぎなんだよ、君は。気をつけないとぷっつりいってしまうぞ。天文学者、そして数学者たるもの、誰よりも意識を平静に保たないと。僕らのモットーは何だったね? 〈言葉によらずして〉だぞ。君が真剣そのものの顔をしているからまだいいけれど、そうでなければただのたわ言にしか聞こえないね」
「本当に真剣そのものなんだよ、僕は」マークワンドは静かな声で答えた。これこそ〈言葉によらずして〉なんだ。僕はたわ言なんか言っていない――ああ、知っているということはなんという重荷なんだろう。僕が狂っているように思えるかい? 確かに――早いこと誰かに話してしまなければ、本当に狂ってしまうだろうね。そして決めたんだ。君に話そうって」
「拝聴しようじゃないか」
「今はだめだ。くたくたなんだ。それにまだしなければならないこともあるしね。観測所に行ったら話すよ。とりあえず今のところは、なあ、考えてもみたまえ! 光線電話の意味するところを理解しようとしてみてくれ――一条の光線がどれだけの情報を運ぶことができるか。無限に広がるエーテルの空間を横切って、何千年も前に消滅した惑星から今もまだ光が届いているんだ。想像してみたまえ、今この瞬間、僕たちを他の惑星とつないでいる光線を――火星と、木星と、金星と。そう、金星と!」そう言って彼はコップに手を伸ばし、私はその手が断続器よろしく小刻みに震えているのに気づいた。
「想像してみたまえ! なあ、今まで考えたことはないかい? 王立協会の広間の端から端で通話をするのと、ここから、そうたとえば金星と通話をするのは、程度の問題でしかないってことを。そうなんだ」
 そこで彼は挑みかけるような目で私を見た。あたかも、信じられないならそう言ってみろとばかりに――まるで「続けてもいいかい? 君を信じても大丈夫かい? 聞く価値のある話だと思ってくれるかい?」と尋ねるかのように。
 私はなんとも落ち着かない気分だった。こんな興奮した状態のまま彼を残して帰るのは嫌だったし、しかしその一方で、このまま話を続けさせるのも心配だった。私はすぐに心を決めた。
「確かに、怖いくらいに想像が広がる話だし――とんでもなくおもしろい話だとも思うけれど、でもこの時間に話すには壮大に過ぎるよ。僕はもう帰る。明日の昼食の時に会おう」
 その日はそこで別れた。翌日、昼食を終えて休憩室で一服している時の彼は、前夜の興奮はきれいさっぱり消えていた。そればかりか、あまりにもいつものマークワンドなので、私は思い切ってこちらからランキン博士の実験の話を蒸し返してみたくらいだった。
「ああ、あれね。夜会向けの素敵な見せ物だったね。ランキンの助手が羨ましいよ。お上品なお方々のお上品なお耳に受声器を当てて、みなさんが驚いて嬉しそうにキャーキャー言うのを聞いていればいいんだからね。でもね」と、ここで真面目な口調になった。「あんなのはまだまだ序の口に過ぎないんだ。待っていてくれたまえ。パイピング・ペブワースで僕の実験を見せてあげるから。度肝を抜いてやるぞ! ところで、何年か前に、電信で画像を――図面や絵を送る話があったのを覚えているかい? 『デイリー・メール』紙の裏面にその図解の記事が載っていたよ。電信でやれるなら、無線じゃだめなのか? 無線で遅れるなら、光では駄目なのか? よく考えてみてくれたまえ。さあ、僕は戻らないと。授業があるんだ。じゃあまた」
 そう言うと、マークワンドは機嫌良くひとつ頷いてみせ、悪戯っぽい思わせぶりな表情を浮かべて去っていった。