銀塩写真

 〈大湿地〉という古の名前を今も留める、イースト・アングリアの広大な一帯の片隅をよくよく探してみるならば、ストーングラウンドという名の村がある。かつてはのどかで美しい村だったが、今はもう村とも美しいとも呼べなくなってしまった。
 人は魂の住まいである肉体という〈土くれの家〉の他に、その肉体を住まわせるためのもう一つの土の家をこしらえる。そしてこの二つ目の家は、ここストーングラウンドや近隣の村々の足下の土から作られる。煉瓦造りという、この地に新たに興った産業が、ストーングラウンドの景観と人口とを大きく変えてしまったのである。有史以前の大昔から眠っていた巨大な恐竜の化石が地中から掘り出されるのを目にした者たちの多くは、その変化を決して良いものだとは思わなかっただろう。
 しかしながら、住人たちの住む家の大半は土の地面ではなく、大昔にこのストーングラウンドという名前の由来となった砂利の地盤の上に建っており、そして、数キロ四方に広がる田園風景を見晴らすこのあたりで一番の高台には、何世紀もの昔からずっと、この地の教区教会が建っている。
 中世時代には広大な沼地に囲まれて陸の孤島のようだったここストーングラウンドも、今はもう近づくことのできない土地ではなくなった。ときおり川が氾濫し、あたり一面の水没した風景が在りし日の村の姿を偲ばせることもあるものの、近年は道路と鉄道の敷設、そして〈フェンズ〉の干拓により、以前は孤立していた世界との間を自由に行き来できるようになった。
 ストーングラウンドの牧師館は教会のすぐ隣にある。その広々とした庭園はよく知られており、その一部、すなわち牧師館に隣接しているあたりはたいそう歴史が古い。これは当然のことではある。というのも、もともとの敷地を、代々この教区を管理してきた牧師たちがその隣の土地を買い足して広げていったからで、庭園はそうして今にいたっている。
 歴代の牧師たちは多くを数える。一一四〇年にヘンリー・ド・グレヴィル師が赴任してきて以来、その数は三十を越え、その全員が、現在の敷地に何度か建て替えられたこの牧師館に住み、そしてそのほとんどがそこから世を去っていった。
 現在の教区牧師であるローランド・バッチェル師は、少しばかり学者肌の、孤独を愛する男である。とは言っても来客を拒むような偏屈者でもなく、ときおり学校の子供たちなどが遊びに来たりもする。一九〇六年の夏には二人の訪問者があり、そしてこの二人こそは、本人は自分たちの果たした役割を今もって知らないながらも、ここに記す事件の発端となったのである。
 そのうちの一人の子供がストーングラウンド滞在中に十五歳の誕生日を迎えたので、バッチェル師は誕生日祝いとしてその子に新しいカメラを贈った。そこでその少年は牧師館の周辺の風景を撮影して回ったのだが、これがなかなかの腕前だった。
 そうして撮られた写真の中に、バッチェル師がことのほか気に入ったものが一枚あった。芝生の庭を前景に配した牧師館の写真である。訪問から数週間後、幼い友人から現像された小さな写真(少年のカメラではそれ以上大きいものはできなかった)が数枚送られてくると、バッチェル師はいよいよその写真が気に入ってしまい、引き伸ばしてもらおうと、ネガを送ってほしいと申し入れた。
 そんな師の求めに対し、少年は大げさと思われるほどに謙虚な釈明の返事を寄こした。いわく、ネガは二つあるのだが、そのどちらにも肝心の牧師館の写真の同じ場所に、何かしら失敗をしたとしか思えない小さなボケがあるという。そういうわけで、少年としてはそのフィルムを破棄して、次に遊びに行った際にもっと引き伸ばすだけの価値のある写真を撮りたいというのである。
 しかしながら、バッチェル師はあくまでもその写真にこだわった。やがて送られてきたネガを虫眼鏡で調べてみると、確かに話の通り、ボケがかろうじて見てとれる。それは絵に描いた流れ星のような形をしており、核の部分から一本の薄ぼんやりとした筋が伸びて、ネガを横切っている。とはいえ気になるほどのものでもない。近所に写真が趣味の男がいて、これが写真については本職顔負けの腕前である。前々から、彼は何か自分で役に立てることがあったら遠慮なく言ってほしいと請け合ってくれていたので、これはちょうどいい機会だと、バッチェル師はネガを送って写真の引き伸ばしを頼んだ。
 写真の名人だというこの隣人は、グローブスという名の若き牧師補で、ストーングラウンドからほど近いピーターバラ大聖堂のそばに住んでおり、街を囲む城壁は牧師館の庭からも見える。グローブス氏はラムニー夫人という女性の家に間借りをしている。夫人は年老いてバッキンガム宮殿の使用人を引退した人なのだが、今なお元気で溌剌としていて、彼の身の回りの世話をするにはうってつけの人物だった。
 というのも、グローブス氏はラムニー夫人にとって、まるで終わりなき試練のごとき不精者なのである。夫人が彼に植え付けた健全なる恐怖心がなかったなら、部屋は目も当てられないほど荒れ放題になっていただろう。飛び散った薬品でいつもいつも汚れている絨毯やテーブルクロス。炉棚の上の装飾品はぞんざいに片隅に押しやられ、代わりにラベルの貼られた薬瓶が並んでいる。寝台の上ですら、昼の間は乾燥中のフィルムや印画紙などが散乱しているありさまで、夫人のかわいがっている年老いた猫は、現像液をうっかり引っかけられて、脇腹のところに禿げがある。
 しかしながら、駄目な子ほどかわいいとはよく言ったもので、ラムニー夫人はグローブス氏のことをたいそう気に入っており、氏の撮った写真を少なからず自慢に思っていた。居間には夫人の全身を映した写真が飾ってあって(もともとは仲直りのための贈り物だったのだが)、これは彼女のお茶仲間たちの羨望の的だった。
「グローブスさんはねえ、それはもういいお方で。それに本物の紳士でねえ。そりゃ薬品をいじってばかりいらっしゃいますけれど、でもあたくしはね、他のお家で働いて二倍のお給金をいただくより、たとえただでもグローブスさんのお世話をする方がいいですわ」というのが夫人の口癖である。
 ラムニー夫人は氏が新しく手がける写真には必ず興味を示し、自分には当然そうする権利があるとばかりに批評を加えた。そういうわけで、送られてきた件の牧師館の写真も、彼女に品定めをされた。
「あらまあ。切手みたいにかわいらしい写真ですこと。確かにこれは引き伸ばしませんとねえ。これじゃあ牧師館というよりはお人形のお家みたいですわね」
 そう言って夫人は仕事に戻り、グローブス氏はフィルムを持って暗室にこもり、依頼された仕事に取りかかった。
 二日後、氏が暗室に繰り返し足を運んだ末に、なかなかのものが出来上がった。昼食のラムチョップを運んできたラムニー夫人はうっとりと見とれたほどである。その時イーゼルにかけてあったのはまだ仕上げ前の写真だったのだから、完成した暁には、幼き写真家とバッチェル牧師を必ずや満足させる作品になるに違いなかった。
 グローブス氏は写真の作業をするのは午前中だけと決めていた。午後は庭仕事をして過ごすので、写真の引き伸ばしの作業は今日のところは終わりだった。あとはちょっとした「仕上げ」を残すばかりだったが、しかしグローブス氏の引き伸ばした写真が他の人のものに較べて優れているのは、この仕上げが決め手なのである。そういうわけで、写真はイーゼルにかけられたまま翌朝の完成を待つことになった。
 昼食の皿を下げにきたラムニー夫人とグローブス氏は、二人並んでうっとりした目で写真を隅々まで吟味した。とりわけ素晴らしい点として二人が口を揃えて褒めたのは、前景となっている広々とした滑らかな芝生の庭で、これが写真の風景全体を見事に引き立てているのである。ラムニー夫人は若い頃を思い出してこんな感想を口にした。「まるで、誰かが来てその上で踊ってくれるのを待っているみたいですわ」
 午後になってグローブス氏は外出した。それが二時半のことで(ここは時間について正確を期さなくてはならない)、帰宅はいつも通り五時の予定だった。
 しかしながら、この日は予期せぬ訪問者があっていつもの時間よりも少しばかり帰りが遅れ、ラムニー夫人宅の玄関扉に鍵を差し込んだのは五時十五分だった。
 家に入るなり、彼のことを待っていたらしい夫人が玄関広間に出てきた。普段は色艶のいい顔は羊皮紙のような色になり、あたふたと息を切らしながらグローブス氏の部屋の扉を指さした。
 そんな夫人の状態を見ていささか不安になったグローブス氏は、慌てて何ごとかと尋ねたが、彼女はただ「写真が! 写真が!」と繰り返すばかりである。グローブス氏に思い当たるのは、夫人があの写真をうっかり駄目にしてしまったのではないかということくらいだった。おそらく、写真がひらりとめくれ上がった拍子に暖炉に落ちるなりしてしまったのだろう。
 グローブス氏は最悪の事態を覚悟して部屋に向かおうとしたが、すると夫人は震える手で彼の腕をつかみ、引き留めた。「入ってはいけません。居間でお茶を飲んでいってくださいまし」
「そんな大げさな。ただの写真じゃないですか。また作り直せばいいだけの話ですよ」
「ただの写真……。本当にそうだといいんですがねえ」
 それに引き続くやりとりは割愛しよう。とにかく、グローブス氏はじっくりと時間をかけてなんとか夫人を落ち着かせ、やがて夫人も、まだひどく震えてはいたものの、一緒に写真を見に行くことを承諾したのだった。実を言えば、夫人がそうやって怯えていたのは氏のことを心配してのことであって、彼女はもともと気の強い方なのである。
 しかしいざ部屋に入ってみると、驚くような原因は見当たらないばかりか、部屋の中は何一つ変わっていなかった。薬品の染みで汚れ、傷んだ調度類はどれもいつもの場所にあるし、イーゼルにかけられた写真も、出かけた時とまったく同じ状態のままである。テーブルにお茶の支度がされていないことを除けば、何もかもがいつもと同じ状態で、いつもと同じ場所にあった。
 しかしラムニー夫人はまたしても取り乱してぶるぶると震え始め、「ほら、あそこ!」と叫んだ。「芝生を見てくださいまし!」
 グローブス氏はすぐさま前に進み出て写真を見た。と、その顔がラムニー夫人に負けず劣らず蒼白になった。
 人が写っていた。とても言葉では言い表せないようなおぞましい苦悶の表情を浮かべた男が一人、大きなローラーで芝生をならしている。
 グローブス氏は驚きのあまり、背後に立ったままでいた夫人のところまで後じさりした。「誰か部屋に入りましたか?」
「いいえ、誰も。あたくし、火を熾そうと思って部屋に入って、この写真をもう一度見ようとこちらを向いたんです。そしたら、あの生ける屍みたいな顔が端っこに見えて。もう気味が悪いのなんのって……。何がぞっとするって、この前に見た時にあんな人はいなかったことですわ。それでね、あたくし思ったんですよ。もしあれがストーングラウンドにいる人だとしたら、牧師さまはあんな恐ろしい顔の人を庭師に雇ってらっしゃるのかしらって。それで、あの顔が頭から離れなくて、どうしてももう一回見ずにはおれなくなって、五時に先生のお茶をお持ちしたんです。そしたら、あれが右に動いていたんです。ほら、今みたいにローラーを引きずって」
 グローブス氏は狐につままれたような気分だった。いくらなんでも写真の映像が動いたというのは眉唾ものだが、それでもこの奇妙な、邪悪な顔の男がどうしたものか写真の中に浮かび上がってきたのは事実である。引き伸ばしの作業が終わった時点で、そんなものは写っていなかったことは確かだった。
 しかしながら、グローブス氏の恐怖はじきに収まった。彼の心の中で、それは科学的な問題へと変化しつつあった。現像液の化学反応が遅れて現れたことや、その他ありそうな可能性を考え始めた。それでも、ラムニー夫人のたっての願いで、イーゼルの上の写真を裏返して白い裏面だけが見えるようにすると、彼は腰を下ろしてお茶を持ってきてくれるように頼んだ。