十三章 〈耀けるもの〉の巫女、ヨララ

「センセも持っていた方がいい」ラリーは階段のてっぺんで足を止めて、マラキノフから取り上げた自動拳銃のうちの一挺を私に手渡した。
「私も持っていたらいかんのかね?」マラキノフが物欲しげな口調で言った。
「必要な時になれば渡すさ」ラリーは答えた。「はっきり言うがね、教授、銃が欲しかったら、自分がそれだけの信用に足る人間だってことを証明してみせることだ。あんたはずいぶんと正確に撃つからな――それも物陰から」
 マラキノフの目に閃いた怒りの色が、冷たい慎重さに変わった。
「あんたはいつも思ったことをそのまま口にするんだな、オキーフ中尉。ダー。覚えておこう」
 後に、私はこの奇妙なひと言を思い出すことになる――そう、確かにマラキノフはこのことを忘れなかったのだ。
 ラリーを先頭に、オラフがしんがりについて、私たちは一列になって問題の出入り口をくぐった。その先には円形の縦穴が下方に伸びており、そこに楕円形の窓のある部屋の光が液体のように流れ込んでいた。壁の内側に沿って螺旋状に階段が続いており、私たちはそれをそろそろと下りていった。階段を下りたところは井戸の底のような場所で、ひっそりとして――どこにも出口がなかった。湾曲した岩がぴったりと隙間なく合わさって、滑らかな壁面をなしていた。岩の一つにあの五つの花を持つ蔓草が刻まれていた。私は〈ムーン・プールの間〉でのラリーの見よう見真似で、その花の絵模様に五本の指を当て、そっと押してみた。
 横筋が一本、壁面に現れた――水平の、長さ一・二メートルほどの割れ目が。それはどんどん太くなっていき、大岩のブロックの一つがずるずると下に動いて、やがてその上面が私たちの目の高さまで下がった時、天然の岩盤に長さ百メートルほどの細長いトンネルが穿たれているのが見えた。大岩はゆっくりと沈み続けた――それはこの細長いトンネルにぴったりと嵌め込まれた巨岩のほぞだったのだ。それは床と同じ高さまで沈み、そこで止まった。ついさっきまで天井にぴったり接していたトンネルの床面はつるつるに磨き上げられており、そして私たちのいる入口の反対側には、低く、幅の狭い三角形の開口部があって、そこから光が漏れていた。
「出るしかないよな、これじゃ」ラリーはそう言ってにやりと笑った。「きっと向こうで、あの〈金目ちゃん〉がタクシーで待ってんのさ!」彼はトンネルの中に一歩足を踏み入れた。私たちもガラスのような床面に足を滑らせながらその後に続いた。もしもトンネルを出る前にこの巨大な岩塊がせり上がってきたらどうなるだろうかと、私は気が気でなかった。やがて私たちは無事反対側の端に辿り着き、幅の狭い三角形の出口から這い出た。
 そこはぶ厚い黄色の苔が絨毯のように敷き詰められた幅の広い岩棚の上だった。私は背後を見やり――ラリーの腕をつかんだ。たった今出てきた出口が消えていたのだ! そこには、琥珀色の苔がところどころにへばりついた青白い断崖があるだけだった。岩壁は私たちの立っている岩棚から上へ上へとどこまでも伸びて、そのてっぺんは(もしあるとするならば)、あの楕円形の窓から見た光り輝く絶壁と同じく、頭上に広がる星雲のような光の中に消えていた。
「前進あるのみ――〈金目ちゃん〉はすぐそこさ!」ラリーはそう言って声を出して笑ったが、顔はさっきよりもいくらか真剣だった。
 岩棚の上を数メートル歩き、角を一つ曲がると、あの優雅なアーチを描く橋が目の前にあった。橋の上に立つと、あの奇妙な形をした乗り物がよく見えた。それらは本当にオウムガイの殻に似ていて、妖精のように美しかった。それは殻を横に倒したような状態になっていて、操縦者は殻の口に当たる部分に座っている。胴体部分にはクッションが高く積み上げられ、そこに色鮮やかな絹の装束をゆったりと身にまとった女たちが寝そべっている。神殿のような建物のある庭園から光り輝く緑色の細い道筋が伸び、ちょうど地上の自動車道のように、崖の上から見た大通りに合流している。このエメラルド色の交通網を、優美なオウムガイ型の乗り物が飛ぶように行き交っていた。
 そのうちの一台から叫び声が上がった。搭乗者たちが私たちに気づいて、こちらを指差している。他の乗り物も停止し、人々がこちらを見つめていた。一台が向きを変えて道路の上を高速でこちらに近づいてきて――すぐさま橋の反対側のたもとに男たちがぞろぞろと集まってきた。彼らは小人だった――みな身長は百五十センチ足らずで、肩幅が異様に広く、見るからに屈強そうだった。
「トロールども……」オラフが呟き、抜いた拳銃を片手にラリーの横に進み出た。
 橋の中央で先頭の男が立ち止まり、腕をひと振りして他の男たちを制すると、両手のひらをこちらに向け、腕を広げて単身近づいてきた。遠い昔から使われてきた普遍的な和平のポーズである。やがて立ち止まると、男は見るからに驚いた様子で私たちを見回した。私たちも好奇の目で相手を見返した。小人の顔は北方人のオラフの顔に負けず劣らず色白で、他の三人よりも遙かに白かった。目鼻立ちは端正で気高く、古典的と言ってもいいほどだった。間隔の開いた、不思議な色合いの緑灰色の目。頭は古代のギリシャ彫刻に見られるような黒い巻き毛で覆われている。
 身体こそ小さいものの、男には畸形を思わせるようなところは何一つなかった。大きく盛り上がった肩は良質の亜麻布とおぼしき素材のゆったりとした緑色の貫頭衣で包まれ、アマゾナイトらしき石で鋲飾りの施された太いベルトで腰のところを引き締めている。ベルトにはマレーシアの伝統的な刀剣、クリスに似た、刀身が波打つように曲がった長めの短剣が差してあった。両脚は上衣と同じ緑色の布のズボンで包まれ、その下はサンダル履きだった。
 小男の顔に目を戻すと、私はそこに何かしら微妙に不穏なものを感じ取った。一見して立派な顔貌の下に漠然とした威嚇のように潜む、邪な陽気さのようなもの。苦しみや悲しみへの完全な無感覚さをほのめかす、冷たく醒めた悪戯っぽさを。そこはかとなく異質で、不穏な、気味の悪い心の一面を。
 男は言葉を発した――驚くべきことに、そのほとんどは私にとって馴染みのある単語で、全体の意味をはっきりと理解することができた。それはポリネシア語だった。それもポリネシア諸語の中でももっとも古い形であるサモア語である。しかしどこがどうとははっきりとはわからないものの、古めかしい響きだった。後になってわかったことだが、男の使う言語と現代のポリネシア語との関係は、『カンタベリ物語』を著したチョーサーではなく、それよりもさらに古く、『英国教会史』の尊者ベーダと現代英語との関係と同じである※1。それを知った時、私は彼らの言葉こそが、現在ポリネシア語と呼ばれている言語の原型であることを確信したが、それもさして驚くことではなかった。
「何処より来たのか、異邦人たちよ。如何にしてここまでやって来たのか?」緑衣の小人は言った。
 私は背後の崖を手で示した。小人の目が信じられないとばかりに細められた。野性の山羊でさえも下りてこられないであろう断崖絶壁を見つめ、笑い声を上げた。
「私たちは岩の中を抜けてきた」私は相手の考えを読んで、それに答えた。「私たちは平和を望んでいる」
「ならば、平和のそなたたちとともにあらんことを」彼は半ば嘲笑うように言った。「〈耀けるもの〉がそう思し召されるならば」
 緑衣の小人は再び私たちを注視し、命令するような口調で言った。「案内してもらおう、異邦人たちよ。そなたたちが岩を抜けてきた場所を」
 私たちは螺旋階段から出てきた場所に彼を案内した。
「ここです」私はそう言って、岩壁を叩いた。
「入口も何もないようだが」小人は穏やかな口調で言った。
「私たちが出た後に閉じたのです」私は答えた。そしてこの時になってようやく、自分たちの言い分がいかに信じがたいものであるかを悟った。緑衣の小人の目の中をまたぞろ嘲るような光がよぎった。それでも、彼はあの奇妙な形の短剣を抜いて、真剣な面持ちで岩壁を叩いた。
「そなたの言葉は我らの言葉だが、おかしな訛りがある。ずいぶんと奇妙に聞こえるが……そなたの返事と同じように」そう言って、彼は訝しげな目で私を見つめた。「どこで覚えたのであろうな。とにかく、ここまでの話、そなたの口からアフィヨ・マイエ様に伝えるがよかろう」彼は頭を垂れ、大きな仕草で手を額に当てる、中東風の挨拶をすると、「我とともにおいでくだされ」と唐突に締めくくった。
「平和のうちに?」私は尋ねた。
「平和のうちに」彼は答え、それからゆっくりと言葉を足した。「少なくとも我とは」
「ほら、いいじゃないか、センセ」ラリーが声を上げた。「せっかく来たんだし、観光していこうぜ。さあ、いざ行かん、同胞よ!」緑衣の小人に向かって陽気にそう声をかけた。すると言葉はわからずとも機嫌の良さは伝わったのか、小人は目にちらりと好意的な表情を浮かべて相手を見つめた。それから巨漢のオラフの方を向き、感心した様子で相手を上から下まで見回し、手を伸ばして大きく膨らんだ二頭筋をぎゅっと握った。
「ルグルは少なくとも、そなたのことは歓迎するであろうな」独り言のように小声でそう言うと、緑衣の小人は脇に寄り、恭しい身振りで私たちに先に行くようにと促した。私たちは橋を渡った。反対側のたもとに、あの優美な貝殻型の乗り物が一台待っていた。
 その向こうにはかなりの数の乗り物が集まっていて、搭乗者たちは見るからに興奮した様子で私たちを話題にしているようだった。緑衣の小人はクッションの積まれた座席を手振りで示して私たちをそちらに案内し、それから自らも私たちの隣に腰を下ろした。乗り物は滑らかに動き出し、今やしんと静まり返った野次馬たちは道を空けた。乗り物は驚くほどの速度で(しかもごくごくわずかな振動もなく)、七つのテラスを構えた塔に向けて緑色の道路の上を疾走した。
 走行中、私はこの乗り物の動力源を突き止めようとしたが、できなかった――その時は。機械的な仕組みがあるような感じはしなかったが、しかしこの貝殻が何らかのエネルギーに反応して動いていることは間違いなかった。操縦者は小さなレバーを握っており、それを使って速度だけでなく進行方向をも制御しているようだった。
 乗り物は急に方向を変えてあの庭園の中を走る道を進み、円柱を巡らせた建物の前でゆっくりと停止した。実際に目の前に立ってみると、この建造物は最初に崖の上から見た時に思っていたよりも遙かに大きく、広さは目測で優に一エーカーはあった。長方形で、ほっそりとした色とりどりの円柱が一定の間隔で並び、柱と柱の間の壁は、日本の〈ショージ〉と呼ばれる引き戸のように左右に動くようになっていた。
 緑衣の小人に急かされて、私たちは翼を広げ、鱗に覆われた蛇の彫像が両側に立つ幅の広い階段を昇った。彼が二本の円柱の間のモザイク模様の床石を踏むと、その間の壁が横に滑るように開き、その向こうに大きな広間が現れた。そこかしこに置かれた低いソファの上で、彼とまったく同じ装いの小人が十数人、のんびりとくつろいでいた。
 彼らはゆったりとした足取りでこちらに向かってきた。その顔に浮かんだ驚きと好奇の色には、私たちの案内人と同じ、人のものとは思えぬ陽気な邪悪さが混じっており、どうやらそれはここまで出会った人々に共通の気質のようだった。
「アフィヨ・マイエ様がお待ちだぞ、ラドル」一人が言った。
 ラドルと呼ばれた緑衣の小人はうなずき、私たちについてくるようにと合図をすると、先頭に立って大広間を抜け、隣接するそれよりも小さな広間に入った。こちらの部屋の奥の壁は一面、崖の上から見た時に気づいた、あの暗闇のベールのようなもので覆われていた。私はその黒みを貪るように観察した。
 それには量感も質感もなかった――しかしそれでいて、物質的な堅さを感じさせる。それはまるで、光が完全に欠如しているような、光がすっぽりと吸い尽くされているかのような感じだった。実体を持たず、それでいて手で触れることのできる漆黒のベール。私は無意識のうちにそちらに手を伸ばした。と、その手はすぐさま引き戻された。
「そなた、何故そう死に急ぐ」ラドルは囁くように言った。「ああそうか――知らぬのだな。何があっても、この黒みには触れてはならぬぞ。それは――」
 そこで彼は口を閉ざした。その黒みの中に、突如入口が一つ出現した。まるで映写機から銀幕に映し出された映像よろしく、それは暗闇の中にふっと浮かび上がった。その向こうには、ほのかな薔薇色の光に包まれた部屋が見えていた。クッションを並べたソファから、男が一人と女が一人立ち上がり、磨き上げられた黒玉でできているらしい細長く低いテーブルの向こうからこちらを見つめていた。テーブルの上には花々や見慣れない果物が置かれていた。
 部屋のあちこちに――少なくとも私に見える範囲には――テーブルと同じ材質の奇妙な形の椅子が数脚置かれていた。背の高い銀色の三脚台が三つあり、それぞれに一つずつ巨大な球体が据えられ、薔薇色の光はそこから放たれていた。女のそばにはそれよりも小さい球が一つ置かれており、こちらから発される薔薇色の光には、細かく揺れる青い光の波が浮かんでいた。
「ラドルと異邦人たちよ、入るがよい!」澄んだ、美しい声が鳴り響いた。
 ラドルは深々と頭を垂れて脇に寄り、私たちを先に促した。私たちはその部屋に足を踏み入れ、緑衣の小人もその後に続いた。目の隅に、入口が現れた時と同様に突然消え、その空間をあの濃い暗闇が埋めていくのが見えた。
「近う寄れ、異邦人たちよ。恐るることはない」鈴のような音色の声が命じた。
 私たちは従った。
 その女性は、学問ひと筋の私ですらはっと息を呑むほどの存在だった。この〈ムーン・プールの主〉の都に住まうヨララほどに美しい女性を、私はいまだかつて見たことがなかった――それもこれほどまでに危険な美しさを。トウモロコシの若穂を思わせる、ほのかな金色を帯びた銀髪は、編み込まれて頭にぐるりと巻きつけられ、広く白い額の上で王冠のように輝いていた。灰色の大きな瞳は時おり矢車草の青に変わり、怒った時には紫色に深まる。灰色の時も青の時も、そこには笑う小さな悪魔が宿っていて、しかし怒りの嵐に色が濃くなる時、その目からは一切の笑みが消えた。その身体は絹のように滑らかな薄紗で覆われていたが、その肌の象牙のような白さも、肩や胸元の優美な曲線も隠せてはいなかった。しかし、その奇跡のような美しさにもかかわらず、彼女は――邪悪だった! 弓なりに曲がった唇にも、楽の音のようなその声にも、残酷さがあった――意識した残酷さではなく、それよりも怖ろしい、自然そのものが持つ無情な残酷さが。
 薔薇色の壁の前で見た若い娘、そう、あの娘も確かに美しかった。しかしそれは血の通った、私たちの理解の及ぶ美しさだった。赤子を腕に抱く彼女の姿が自然と目に浮かぶような――しかし今眼前にいるこの女にはそのような想像はできない。その美貌にはそこはかとない薄気味の悪さがあった。麗しき美女の姿を借りた〈主〉の木霊、それこそがこの〈主〉に仕える巫女、ヨララの正体であり――そしてそれは〈主〉と同じく輝かしく、身の毛もよだつほどに邪悪だった。