1 ドナウ

 ウィーンを過ぎた後、ブダペストに着くまではまだずいぶん距離のあるあたりで、ドナウ川はひときわもの寂しく荒涼とした流域にさしかかる。ここで川筋は本流を離れて四方八方に広がり、一帯は広大な海のように生い茂る丈の低い柳に覆われた、何キロにもわたる沼沢地となる。大きな地図をよく調べてみるならば、この辺境の地は明るい水色に塗られ、岸から遠くなるにつれてその色は薄くなっていて、そこを大きな、のたうつような文字で、ドイツ語で沼地を意味するSumpfeの一語が横切っているのが見られるだろう。
 ドナウ川が氾濫すると、砂と砂利浜、そして柳の茂る中州からなるこの広大な一帯はほとんど水没してしまうのだが、しかしそれ以外の通常の季節、柳たちは自由に吹き渡る風にさらさらとそよぎ、銀色の葉裏が陽射しを浴びて輝いて、そうして草原全体が絶え間なく動き続ける情景は、うっとりするほどに美しい。
 この地の柳は立派な木に育つことはない。しっかりと固い幹を持たない彼らは、てっぺんが丸みを帯び、輪郭のふんわりした低木に謙虚にも留まったまま、ほんのわずかな空気の流れに押されただけでもそのほっそりした幹をなびかせる。草のようにしなやかで、絶えず揺れ続けるその姿は、見る者に何となく草原全体が生きて動いているかのような印象を与える。風が吹くと、一面の柳原が波――水ではなく緑葉の波――のようにうねり、緑の海原よろしく盛り上がって、やがて枝々がねじれ、翻って、陽光に閃く白銀の葉裏はさながら砕ける波頭のようである。
 厳しい川岸の支配を逃れて嬉々としながら、ここでのドナウは網の目のように入り組んだ水路を気の向くままにさまよい、あちこちで中州を横断する太い流れとなって、歓声を上げながら滔々と下っていく。あちらでぐるぐると渦巻きをつくり、泡立つ急流となってみたり。こちらでは、砂の土手をえぐり取ってみたり。はたまた川岸や柳の茂みをごっそりと運び去ってみたり。さらには日に日に大きさと形を変え、洪水になれば存在そのものが消え去ってしまう、たくさんの仮初めの島々を新しく作ってみたりもする。
 正確には、ドナウの一生における若盛りとも呼ぶべきこの一帯にさしかかるのはブラチスラヴァを過ぎてしばらくしてからのことで、私たちは二人乗りのカヌーに簡易テントとフライパンを積み、氾濫した川の高波のてっぺんに乗って、七月の中頃にそこに到着した。
 そのちょうど同じ日の朝、夜明け前の空が赤みを帯びていく中、まだ眠りについているウィーン市街をすみやかに通り抜け、二時間後に振り返ってみれば、街はウィーンの森の青い丘陵を背景にして、ドナウの水平線上にちょこんと浮かぶ淡い靄のようだった。フィッシャムエントでいったん岸に上がって、風に唸りを上げる樺の木立の下で朝食をとった。それから再び激流に乗ってオルト、ハインブルク、古代ローマ時代、マルクス・アウレリウスの駐屯地であったペトローネルを通過し、やがてカルパチアの山裾に建つジェヴィーン城跡の下で左手からモラヴァ川がひっそりと合流してきて、ここがオーストリアとハンガリーの国境となる。
 時速十二キロの速さで突き進むカヌーはたちまちハンガリー領に入り、洪水の先触れである濁流に押されて何度も砂利浜に乗り上げたり、突然現れてごぼごぼと音を立てる渦巻きにつかまってコルクの浮きよろしくぐるぐる回転したりを幾度も繰り返しているうちに、やがてブラチスラヴァ(ハンガリー語でポジョニ)の街にそびえ立ついくつもの塔が空を背にして浮かび上がってきた。カヌーは暴れ馬よろしくぴょんぴょん跳ねながら灰色の城壁の下を全速力で飛ぶように進み、水中に張られた渡し場の鎖を慎重に避けると、やがて川筋は左に急カーブを描いて、カヌーは黄色い水飛沫を上げながら、その向こうに広がる砂州と砂利浜との入り乱れる沼地へ――柳たちの土地へと入っていった。
 変化は唐突にやってきた。それはまるで、映写機の映し出すどこかの街並みの映像が、何の前触れもなく湖や森の風景に切り替わるような感じだった。カヌーはこの荒涼たる景色の中を飛ぶように進んでいき、やがて一時間も経たぬうちに、小舟も、漁師小屋も、この地ではお馴染みである赤い屋根も、人の住んでいる気配も、あらゆる文明の痕跡が視界からことごとく消え去った。
 人の住む世界から遠く離れている感覚、純然たる孤立感、この柳と風と水だけの特殊な世界に漂う不思議な気配に、私たち二人はたちどころに心を奪われてしまい、浮かれた気分のまま、ここは本来、特別な通行証がなければ入れないのだと、そして自分たちは大胆不敵にも、世間から孤立したこの小さな驚異と魔法の王国へと無断で入ってきたのだと、笑いながら言い合ったりした。ここはこの地に遊ぶ権利を持つ者たちのために特別に保存された王国であり、想像力を働かせるならば、侵入者に対する無言の警告がいたるところに発見できるだろう。
 まだ午後の早い時間ではあったものの、突風に吹かれ通しでくたくたに疲れていた私たちは、その夜キャンプをするのに適当な場所を探してあたりに目を配り始めた。しかしながら、その独特な地形のために操船が難しく、渦を巻いて押し寄せる川の水に運ばれて岸に近づいたかと思えばそのまま流されてしまったり、カヌーを止めようと柳の枝をつかむと手が切れたりで、カヌーを岸に着けるのにはずいぶんと手こずらされた。何度となく中州にぶつかって砂の岸を突き崩した挙げ句、ようやく、横からの突風をしたたかに浴びて川のよどみに突っ込んだので、これぞ好機とばかりにがむしゃらにパドルを操り、派手な水飛沫を上げながら、なんとか舳先を浜に乗り上げることができた。
 ひと仕事終えた私たちは、熱された黄色い砂の上に寝転んで、風から守られ、じりじりと焼けつくような陽射しをいっぱいに浴びて、肩で息をしながら笑い声を上げた。雲一つない青空の下、まわりにはおびただしい数の柳の軍勢が踊りざわめき、水飛沫を浴びて輝きながら、まるで私たちの奮闘を称えるかのように、その無数の小さな手を叩いているのだった。
「なんて川だ!」私は相棒に向かってそう言いながら、ドイツ語で「黒い森」を意味するシュヴァルツヴァルトにある水源からここまでの道のりを思い出していた。六月の初めに上流の浅瀬にいた頃には、たびたびカヌーを押して水の中を歩いて進まなければならなかったものだった。
「冷やかしなんか通用しなそうだな」彼は答え、念のためにカヌーを砂浜のさらに上の方に引っ張り上げてから、再び横になって昼寝を始めた。
 私はその隣に寝そべって、水と、風と、砂と、そして燃えさかる太陽と、自然の恩恵に包まれてのんびりと満ち足りた気分で、ここまでの長い道のりと、そしてここから黒海に出るまでの苦労に思いを馳せつつ、この友人のスウェーデン人のような愉快で気のいい相棒と一緒に旅ができて、自分はなんと幸運なのだろうと考えた。
 私たちはこれまでも一緒に同じような川下りの旅をしてきたが、しかしドナウは、他のどの川とも違って、旅の始めからその生き生きとした姿が印象に残った。ドナウエッシンゲンの松の森の中、庭園に湧く小さな源泉でぶくぶくと産声を上げてから、今この無人の沼沢地で大がかりなかくれんぼをして遊ぶまで、自由奔放に振る舞うその姿を見ていると、まるで何かの生き物の成長を追っているような感じがした。はじめのうちこそ眠たげでぼんやりとしてはいたが、やがて内に宿る深遠なる魂を自覚してからは激しい欲望を抱くようになって、まるで大きな液状の生き物のように、ここまでいろいろな土地を通過してくる間ずっと、私たちの小さなカヌーをそのたくましい肩に乗せ、ときおり戯れに荒っぽく揺すったりしながら、それでいていつも親しみと思いやりある態度で接してくれるドナウのことを、私たちはいつしか当然のように一人の人間としてみなすようになっていた。
 誰がそうせずにいられるだろうか。ドナウはその秘められた生命についてあれだけたくさんのことを話してくれたのだから。夜にテントの中で横になっていると、彼女が月に向かって歌っているのが聞こえたものだった。奇妙な、何かを擦るような独特のその歌声は、あまりに急激な水流にえぐり取られた小石が川底を擦っていく音なのだという。それまでいたって静かだった川面に突然ぶくぶくと現れる渦巻きの、ごぼごぼという水音。浅瀬や早瀬のにぎやかな水音。水面の奏でるさまざまな音色の下で、水中で絶えず鳴り響く轟々という低い唸り。氷のように冷たい水が岸を削っていく音。雨に顔を叩かれている時に、ドナウが負けじとばかりに上げる雄叫びはどうだ! そして、川下から吹き上げてくる風が、速度を増していく流れを止めようとするのを、片腹痛いとばかりに笑い飛ばすその声の痛快なこと! 
 そう、ドナウのたてる声や音ならば、私たちはすべて知っている。急な落差を流れ落ちて白い泡の広がる音も、橋に当たった時の大げさなばしゃばしゃという音も。眺めのいい丘陵の脇を流れる時の、こちらの気を引くような聞こえよがしの呟きも。小さいながらも、その小ささを笑うにはあまりにも立派な街を通り過ぎる時の、気取った話し方も。流れの緩いカーブなどで、陽射しをたっぷりと浴びて湯気が立ち昇る時の、微かな甘い囁きも。
 広い世界に知られるようになる前、幼少の頃のドナウは、悪戯好きでもあった。上流にあるシュヴァーベンの森の中を流れていた頃、まだまだ大河としての風格など微塵もない時分には、地面にあいた穴に流れ込んで姿を消したと思いきや、多孔性の石灰岩の丘の反対側から再び現れて、そこから別の名前の新たな川になることが幾度かあって、後に残された本流にはほとんど水がなく、私たちはカヌーを押しながら浅瀬を何キロも歩いて進まなければならなかった。
 そして、この若くお転婆な日々で一番愉快なのは、アルプスから威勢のいい小さな支流が合流してくる時だった。そんな時、ドナウは獲物を狙う狐よろしく低く身を潜めて、さて何をするかと思えば、すんでのところでそっぽを向いて、きっぱりと距離をとりながら何キロにもわたって並んで流れ、水位も不揃いのまま、新参者を頑として拒絶するのである。
 しかしながら、パッサウを過ぎると、こうした意地悪も終わりとなる。というのも、ここでイン川が無視できないほどの轟然たる勢いで流れ込んでくるからで、本流であるドナウは押しのけられ、窮屈な思いをさせられて、さらにその後に続く長く曲がりくねった峡谷は別々に流れるほどの幅はないので、ドナウはあちらにこちらに小突かれて絶壁にぶつかり、それでいて遅れないようにと流れを早め、大波を立てながら右に左に走らなければならない。こうして二本の川が争っている間、私たちの乗ったカヌーはドナウの肩から滑り落ち、そうして彼女の胸に抱かれながら、荒れ狂う波に揉まれる川下りは最高にわくわくする体験だった。しかし、ドナウはこれを教訓にして、パッサウを過ぎてからはもう新入りの川を無視するようなことはなくなった。
 言うまでもなく、これは何日も前のことで、それ以来私たちはこの大いなる生き物のいろいろな面を知るようになった。バイエルン地方の、シュトラウビングあたりに広がる麦畑では、ぎらぎらと照りつける六月の太陽の下、彼女はのんびりと流れを緩め、そんな姿を見ていると、実際に水を湛えているのはほんの表面だけで、その下では、あたかも絹のマントに身を隠すようにして、水の精ウンディーネたちの大軍勢が、ひっそり、こっそり、さらには見つからぬようにゆるりゆるりとした足取りで、海に向かって行進している光景が目に浮かぶようだった。
 ドナウの多くの欠点も、水辺に集まってくる鳥や動物たちに対して彼女の見せる優しさゆえに許せてしまうのだった。荒涼とした川岸に、低く黒い柵よろしく一列になって並ぶ鵜たち。砂利浜にたむろするハイイロガラスたち。中州の合間の広々とした浅瀬で魚取りをしているコウノトリたち。鷹や白鳥、沼地に住むありとあらゆる鳥たちが、翼をきらめかせ、歌うような、不機嫌そうな啼き声を上げながら空を狭しと飛び交っている。
 夜の明ける頃、一頭の鹿が水飛沫を上げながら川に飛び込み、カヌーの鼻先を泳いでいくのを見た後で、誰がドナウの気まぐれに腹を立てられるだろう。子鹿が下生えの茂みの中からこちらをじっと見つめていたり、カヌーをいっぱいに傾けてカーブを曲がり、また別の流域にさしかかる際に、茶色い瞳の牡鹿と真っ直ぐに目が合ったりすることもしばしばだった。狐も川岸のあちこちに姿を見せるが、優雅で軽やかな足取りで流木の合間を歩いていたかと思うと、目にもとまらぬ速さでふっといなくなってしまう。
 しかしながら、ブラチスラヴァを過ぎた後、あらゆることに少し変化が現れる。ドナウは真面目になり、もうおふざけはしなくなる。すでに黒海までの道のりの半分を終え、今までのような悪戯は許されも理解されもしない、別の、未知の土地がそろそろ見えてくる頃である。ドナウは急に大人びてきて、私たちも彼女に対して敬意を、さらには畏敬の念すらも抱くことを求められる。例えば、ここでドナウは枝分かれして、百キロ下流で再び合流するまで三本の川筋となって流れていくのだが、そのうちのどれを辿っていけばいいのか何の目印もないので、カヌー乗りにとってはやっかいである。
「支流に入ってしまうと」と、ブラチスラヴァの店で食料などの必需品を買い足している時に出会ったハンガリー人の警官は言った。「水位が下がった時に五十キロ四方に何もない状況になって、あっさり餓死してしまう。人もいないし、農場もないし、漁師もいない。これ以上先へ行くのは止めておきなさい。川の水位もまだ上がり続けているし、この風だって、もっと強くなるだろうから」
 水かさが増すことはまったく心配していなかったが、急に水が引いて何もない中に取り残されてしまうのは深刻な問題なので、結局は必要な物を余分に買い込むことにした。それ以外のことについてはその警官の予告していた通りで、雲一つない空から吹き下りてくる風はじわじわと勢いを増していき、やがては堂々たる西からの突風となった。
 太陽が地平線に触れるまでまだたっぷり一時間か二時間はあったので、普段よりも早めの野営となったが、私は熱い砂の上で眠る相棒をそのままにしておいて、今夜の私たちの「宿」がどんなところかざっと調べてみようとあたりをうろうろと歩き回った。その結果、この島は広さ一エーカーにも満たない、水面からわずか一メートルほどの高さのただの砂の中州であることがわかった。島の形は三角形で、その頂点を川上に向けており、沈む夕日の方を向いたその先端の部分は、猛烈な風に吹き飛ばされてくる波飛沫で覆われていた。
 私はしばらくの間そこにたたずんで、その光景を眺めていた。夕日に紅く染まった激流が轟々と押し寄せ、島ごと押し流さんばかりの勢いで砂岸に突き当たり、それから二つに割れて、白い泡を浮かべたまま島の左右を勢いよく流れていく。流れのぶつかる衝撃で地面が揺れているように感じられ、その上生い茂る柳が風になぶられて激しく乱れ動くせいもあって、この中州そのものが本当に動いているような奇妙な錯覚はいよいよ強くなるのだった。川上の方に目を向けると、二、三キロ先まで見通せる広大なドナウの川面がこちらに向かって落ちてくるのが見える。それはまるで土砂崩れを起こした丘の斜面を見上げているようなもので、白く泡を浮かべた水面があちこちで激しく砕け、夕陽を浴びてきらめいている。
 島の残りの部分は柳にびっしりと覆われていて歩きづらかったが、それでも一周ぐるりと回ってみた。下流側の端に立つと、当然ながら光の向きが変わって、川は暗く、荒れて見えた。背後から吹きつける突風に押されて飛ぶように流れる波の背中に、白い泡が筋を引いている。中州の間を流れていく川の面はしばらくの間見えているが、やがてまるで水を飲みに岸辺に群がった古代の怪物のような、見渡す限りの柳の中に消えていく。それはまるで、柳たちが巨大なスポンジよろしく川の水を吸い上げ、視界から消してしまったかのように見えた。柳たちはそれほどまでに圧倒的な数でびっしりとそこに群がっていた。
 そうして目に映るものすべてが、まったき寂寥感と、その奇妙な印象も含め、心に残る光景だった。それを長い間じっと眺めていると、どこか私の心の奥底で、一つの奇妙な感情が頭をもたげ始めた。自然の荒々しい美しさに対する喜びのさなかに、どこからともなく、ざわざわするような、不安に近いような不思議な感覚がじわじわと広がっていった。
 氾濫した川というのは、必ずやどこか不吉な印象をはらんでいるものではあるだろう。目の前に浮かんでいる中州の小さな島々も、おそらく翌朝にはほとんど流されてしまっているのだと思えばなおさらである。この抗いがたい、轟然たる激流が、人をして畏敬の念を抱かしめるのだ。
 しかしながら、私は自分の感じているこの不安が、畏怖や驚異といった感情よりもずっと根の深いものであることを自覚していた。それは私自身の感情ではなかった。吹き荒れるこの風――柳をごっそりとなぎ払い、大量の籾殻にして一面の風景に巻き散らさんばかりのやかましい暴風の力とも関係なかった。風はただ、遮るものとてないこの平坦な風景で戯れているだけで、私はそれを眺めながら、爽快な、清々しい興奮めいた気持ちを感じていたくらいなのだ。
 そう、この不可思議な感情はやはり風とは関係なかった。実際のところ、今感じているこのざわざわした気持ちはあまりにも漠然としていて、その元を辿ってしかるべき対処をすることもできなかった。しかしながら、それが周囲を取り囲む自然の無限の力を前にして、自らがあまりにもちっぽけな存在であるという認識に関係するものであることは、自分でもなんとなくわかった。
 今や大河となったドナウもその一因ではある――昼も夜も、常に私たちを掌中に収めているこの水と風の偉大なる力を、私たちは何らかの形でもてあそんでしまったのではないかという漠とした、落ち着かない思い。今、その彼らが壮大に戯れる姿が、想像力に訴えかけてくるのだ。
 しかし私のこの感情は、自分でわかる限りでは、それよりも生い茂る柳に直接結びついているように思われた――この何キロにもわたって果てしなく続く柳原、密生し、びっしりと生い茂り、見渡す限りいたるところを埋め尽くし、ドナウの流れを締めつけんばかりに水際に迫って、夏空の下、どこまでもどこまでも隙間なく列をなして、何かを見守り、何かを待ち、何かに耳を澄ましている、この柳たちに。そして、水や風とはまったく関係なく、彼らは私のこの不可思議な気分と隠微につながり、どうしたものかその圧倒的な数で狡猾に心を攻め、私の想像力の中に、何か新たな、強大な力を、さらに言うならば、私たちにとって必ずしも友好的ではない力を確立しようと企んでいた。
 もちろん、雄大なる自然の風景というのは、さまざまな形で人の心を強く揺さぶるものではあるし、私もそのような気分と無縁ではない。山への畏怖の念、海への恐怖、そして広大な森に漂う神秘的な雰囲気も、その独特の力で人の心を領する。しかしそうしたものには必ず、人の生命と体験とに、どこかで親密につながる瞬間がある。それらの呼び覚ます感情は、たとえ不穏なものであったとしても、理解できるものである。そしてそうした感情は、おおむね心を昂揚させてくれる。
 しかしながら、この無数の柳の場合、それとはまったく話が異なるような気がするのだった。彼らは、心を苛む霊気のようなものを発していた。確かに畏怖の念も呼び覚まされはするが、しかしそれはどこかで漠然とした恐怖と結びつく感情でもあった。あたりをびっしりと埋め尽くし、夕闇が濃くなっていくにつれて私のまわりで黒みを増しながら、風を受けて時に激しく、時にそっとなびく柳たちに囲まれていると、自分たちは異世界との境界線を越えてしまったのではないかという、奇妙な、落ち着かない懸念が意識に浮かび上がってきた。この世界では私たちは侵入者であり、招かれざる客であり――そして、私たちはここにいることで、深刻な危険を冒しているのかもしれないのだと。
 しかしながらこの感情は、ひどく不可解なものではあったものの、その時点では脅威に変じることはなく、私も深く考えることはしなかった。それでも、それは吹き荒れる風の中でテントを張ったり、火をおこして鍋を温めたりと忙しく身体を動かしている間でさえもすっかり消えてしまうことはなく、心の片隅に澱のように残って、おかげで私はせっかくのキャンプも思う存分楽しむことができなかった。
 しかし相棒には何も言わなかった。私は彼のことを、想像力の「そ」の字もない男だと思っていたのである。そもそも何かを言おうにも何と説明すればいいやらわからなかったし、それにもし話をしたとしても一笑に付されるのが落ちだっただろう。
 島の中央に地面がわずかに窪んだ場所があって、私たちはそこにテントを張った。ぐるりを取り囲む柳が風をいくらか遮ってくれた。
「貧相なキャンプだ」テントを立て終わると、相棒は淡々とした口調で言った。「かまどを組む石もないし、薪もあるかなしかだ。明日になったら早々に出発しよう。この島もいくらももたないだろう」
 それでも、以前夜中にテントが倒れたことがあり、それを踏まえて私たちはあれこれのこつを覚えていたので、できる限りしっかりと安定したテントをしつらえ、それから眠りにつく時間まで火をもたせるだけの薪木集めにとりかかった。柳の木々は枝を落としてくれないので、燃やせるものといえば流木しかない。私たちは水際をくまなく探し回った。中州の岸はいたるところ水かさの増した流れにえぐられ、崩れた砂がばしゃんと水音をたてて運ばれていった。
「陸に上がった時よりもだいぶ小さくなっている」細かい質の相棒が言った。「このぶんでいくと長くはもたないだろう。カヌーをテントの近くまで引きずっておいて、いつでも出発できるように準備しておいた方がいい。僕は服を着たまま寝る」
 少し離れたところで岸に沿って歩いていた彼が、ずいぶん楽しそうに笑い声を上げるのが聞こえた。
「あッ!」
 しばらくしてまた彼の声がし、私は何ごとかとそちらを振り向いた。しかし生い茂る柳に遮られ、彼の姿は見えなかった。
「あれはいったい何だ?」再び聞こえてきたその声は、深刻なものだった。
 私は急いでそちらに駆け寄り、岸辺に立つ彼の隣に並んだ。彼は川の方を向いて、水面に浮かぶ何かを指さしていた。
「なんてこった、人の死体だ!」彼は興奮した叫び声を上げた。「ほら!」
 黒い物体が、白い泡の浮かぶ波に揉まれてごろりごろりと転がりながら、みるみるうちに流されていった。沈んで見えなくなったかと思えばまた浮かび上がったりを繰り返しながら、岸から六メートルほど離れたところを流れていたそれは、ちょうど私たちの立っているところにさしかかった時、ぐらりと傾いて、こちらを真っ直ぐに見た。身体が回転する際、その目が夕陽を反射して奇妙な黄色にぎらりと光った。やがてそれは素早く、ごぼごぼと音をたてて水中に潜り、あっという間に見えなくなった。
「なぁんだ、カワウソか!」私たちは笑いながら声を揃えて言った。
 それはカワウソだった。生きたカワウソが、獲物を探して川を泳いでいたのだ。しかしながら、それはなすすべもなく流れに揉まれる水死体にそっくりだった。はるか川下でそれは再び水面に浮かび上がり、その黒い皮膚が、西日を浴びてぬらりと光った。
 その後、両手にいっぱいの流木を抱えてキャンプに戻ろうかという時、また一つ、私たちを川岸に呼び戻す出来事があった。今度のそれは本当に人間で、さらに言うならば、小舟に乗った男だった。ドナウで小さな舟を見かけることは一年を通じてもめったにないことなのだが、しかしここ、この荒涼とした流域に、しかも氾濫期にとなると、あまりに予想外のことで現実の出来事とは思えず、私たちは岸に立ったまままじまじとそちらを見つめていた。
 傾きかけた陽射しのせいなのか、あるいは鮮やかに照り映える水面の反射のせいなのかはわからないが、しかし原因は何であれ、眼前を飛ぶように通り過ぎていくその姿はまるで幻のようで、はっきりと目の焦点を合わせるのが難しかった。しかしながら、それは平底の小舟に立つ男のようで、長い竿で舟を操りながら、対岸をものすごい速さで流されていく。男はどうやら流れを挟んで私たちの方を見ているようだったが、ずいぶんと距離もあるし、光も翳ってきていたので、相手が何をしているのかははっきりとは見えなかった。私には、男が私たちに向かって身振り手振りで何かの合図をしているように思えた。何かを怒鳴っている男の声が水面を渡って聞こえてくるのだが、それも風にかき消されてしまって、ひと言も聞き取れない。男、ボート、身振り、叫び声――それら全体がどこかしら異様な雰囲気を漂わせていて、理由はわからないながらも私の心に強い印象を残した。
「あれは十字架のしるしだ!」私は叫んだ。「ほら、あの男、十字を切っているんだ!」