赫奕の狂宴
ラルフ・アダムス・クラム
インスブルックからミュンヘンに向かって、銀色のイン河の流れる美しい渓谷を北上する旅人の前に、数多くの城郭が姿を現す。あるものは張り出した崖の上に、あるものはなだらかな丘の上に――見えたかと思えば、びっしりとぐるりを囲む濃緑の木々の中に溶け込んで消えてしまう。ラネック城、リヒテンヴェルト城、ロートホルツ城、トラッツベルク城、マッツェン城、クロフスベルク城が、深緑に染まる風光明媚なツィラータール渓谷の入口周辺に寄り集まっている。
しかし私たち――トム・レンダルと私――にとって、目指す城は二つだけだった。豪華で威厳あるアンブラス城でも、中世の壮麗な宝物が所狭しと並ぶ、高貴で古めかしいトラッツベルク城でもない。不滅の騎士道精神が熱心なもてなしの心として新たに生まれ変わったマッツェン城、そして、炎に焼かれ、悲惨な過去に見舞われて、今や崩れかけの廃墟となったクロフスベルク城である――とりわけ後者は、荒れ果て、亡霊が出没する、奇妙な伝説に満ちた、謎と悲劇に事欠かない場所である。
私たちはマッツェン城にフォン・C――家を訪ねていて、初めて知るチロル地方のお城での優雅で温もりある暮らしに、そしてオーストリアの名家の穏やかで繊細なもてなしに感嘆していた。ブリックレックはもはや地図上の点ではなくなり、安らぎと喜びの場所に、ヨーロッパをさすらう私たちのような根無し草にとっての家となり、その一方で、マッツェン城は人生における優雅で穏やかで美しいものすべての同義語となっていた。
乗馬とドライブとライフル猟とに興じる、黄金の日々が過ぎていった。スイスカモシカを撃ちにラントルやティール湖に行き、イン河を渡って魔法のように美しいアーヘン湖を訪れ、ツィラータール渓谷を北上してシュメルナー峠を越え、シュタイナハの鉄道駅にまで足を伸ばした。
そして夜になると――ある時は遅い夕食の後、上階の広間で、犬たちが眠そうに椅子にもたれかかり、甘えるような目で私たちを見上げている中、またある時は読書室で、庇付きの暖炉の火が消えゆく中、私たちは物語を披露し合った。厳めしく古々しい肖像画が揺らめく火明かりを浴びて刻々と表情を変え、イン河のせせらぎが、遥か下方の草原を渡って微かに届く中、物語を、伝説を、おとぎ話を語った。
もしいつの日か、私がマッツェン城の物語を語ることがあれば、旅行者とホテルだらけの砂漠の中にあるこの美しき憩いの場はその時、あまりにも似つかわしくない色で染まることになるだろう。しかし今語られるべきは、〈沈黙のクロフスベルク城〉の方である。それはここマッツェンで、フォン・C――夫人の金髪の姪、E――嬢から聞かされたばかりなのだ。
七月のとある暑い夜、シュターレンタールの丘を延々と馬で登った後、居間の西側の大きな窓のそばに座って涼んでいた時のことだった。微風を入れるために窓はすべて開け放たれ、私たちは陽が沈み、夕靄がじわじわと立ち込めて、やがてリヒテンヴェルト城、ラネック城、クロフスベルク城が銀色の海に突き出た岩礁のように浮かび上がり、遠くインスブルックの向こうに聳えるエッツタール・アルプスが桃色に染まり、さらに菫色に深まっていくのを眺めていた。
以下に記すのが、E――嬢が語って聞かせてくれた、〈クロフスベルク城の物語〉である。
昔々、祖父が亡くなってすぐ、私たちの家族がこのお城に住むようになった頃のことです。私はまだ小さくて物心つく前でしたから、そのことについては何かおぞましくて、とても恐ろしいことだったとしか覚えていないんですけれど、祖父と一緒に絵の修行をしていた若い男の人が二人、ミュンヘンからブリックレックにやって来ました。絵を描くためと、そのついでに行楽もしようと――「幽霊狩り」と本人たちは言っていましたけれど。二人とも若くてとても頭がよさそうで、自分でもそれを自慢に思っていて、ありとあらゆる迷信を笑い飛ばして、とりわけ幽霊を信じて、怖がるような類いの話は小馬鹿にしていました。二人とも本物の幽霊は見たことがなくて、自分の目で見たもの以外は信じないという種類の人たちです――そういうのって、私にはずいぶんと独りよがりな気がしますけど。ここイン渓谷の南側にはきれいなお城がたくさんあることを知っていて、そしてどのお城にも必ず一つ、そこにまつわる幽霊譚があると思い込んでいたんです――ええ、本当にあるんです。だから二人はこの場所を「狩り場」に選んだんですね。ただお目当てはスイスカモシカではなくて、幽霊なんです。幽霊が出ると言われているお城を片っ端から回って、噂の幽霊に一人残らず会って、それが本当は幽霊なんかではないことを証明するというのが、二人の計画でした。
当時は村に小さな宿屋が一軒ありました。主人はペーター・ロスコフという名前の老人で、二人の若者はそこを拠点にしました。到着したその日の夜に、二人はブリックレックとその周辺のお城にまつわる伝説やら幽霊譚について、老いた主人の知っている限りの話を聞き出そうとして、ペーターお爺さんの方も大の話し好きでしたから、ツィラータール渓谷の入口のそこかしこに立っているお城の幽霊話を披露して、二人をたいそう喜ばせました。
もちろん、お爺さんは自分の話したことを一言一句まで信じていましたから、クロフスベルク城にまつわる血の凍るようなお話をした後に、若者のうちの一人――名字は忘れましたが、名前はルペルトでした――が、落ち着いた声でこう言った時、どれほどびっくりして、慌てふためいたか、想像してみてください。「まさに僕たちの聞きたかった話ですよ。明日の夜はクロフスベルク城に泊まりますから、要りような物をみんな準備してください」
ペーターお爺さんは暖炉に転げ落ちそうになって、目を剥き出して叫びました。「このわからず屋が! あん城はアルベルト伯爵の幽霊が出るって言うとるじゃろうが!」
「だからこそ、明日の夜に行くんですよ。アルベルト伯爵にぜひともお目文字願いたいのでね」
「昔あすこに泊まったもんがおったがな、次の朝には死んどったんじゃぞ」
「一人でなんか行くからですよ。こっちは二人いますし、拳銃も持っていますから」
「拳銃ってあんた、相手は幽霊なんじゃぞ」って、お爺さんは一層大きな声を出しました。「幽霊が武器なんか怖がるもんかの?」
「向こうが怖がろうと怖がるまいと、僕たちは幽霊を怖がっていませんから」と、ここで年下の方の若者が割って入りました――こちらの名前はオットー・フォン・クライストでした。昔、同じ名前の音楽の先生がいたので覚えています。オットーはかわいそうなお爺さんをひどい言葉で責め立てて、アルベルト伯爵とペーター・ロスコフに何を言われようが、自分たちはクロフスベルク城に泊まるのだから、あなたもここは気持ちよく引き受けてひと儲けした方が得だと言ったんです。
要するに、二人はお爺さんを脅してうんと言わせたわけですけれど、それでも次の朝、お爺さんは溜息を吐いたり、愚痴を言ったり、不吉そうに首を振ったりしながら、二人の自殺(彼にはそうとしか思えませんでしたから)の支度をしました。
あのお城が今どういう状態かはご存じでしょう――焼け焦げた壁と、崩れた瓦礫の山があるばかりです。でも、このお話の頃にはまだ一部が残っていました。完全に焼け落ちたのはほんの何年か前のことで、イエンバッハから来た悪童たちがふざけて火を放ったせいなんです。でも、その二人が「幽霊狩り」に来た当時は、一階と二階は地下室まで崩れ落ちていましたが、三階はまだ残っていました。農夫たちはそこだけは崩れない、審判の日までそのままだって言っていました。そここそ、邪悪なアルベルト伯爵が、立派なお城が、そこに閉じ込められたお客たちもろとも炎に包まれていくのを眺め、最後には中世のご先祖様、初代クロフスベルク伯爵から伝わる鎧一式に身を包んで首を吊った場所だからって。
誰もが怖がって伯爵の亡骸には触れようとしませんでしたから、それは十二年、そこにぶら下がったままになっていました。その間、肝試しをしに来た人たちが塔の階段をそろそろと上がって、扉の隙間から、ゆっくりと塵に還っていく人殺しで自殺者の死体を包むその不気味な金属の塊を恐る恐る見つめていました。やがてとうとう、死体はなくなってしまいました。どこに行ったのかはわかりません。それからもう十二年の間、部屋は古い調度品と朽ちていくタペストリー以外には空っぽのままになっていました。
ですから、二人が呪われた部屋に続く階段を上っていくと、今とはまったく異なる状況が待っていました。鎧とそのおぞましい中身が消えていることを除けば、部屋の中はアルベルト伯爵がお城を燃やした夜のまま何一つ変わっていなかったのです。それまで誰も、あの部屋の敷居をまたぐ勇気のある人はいませんでしたし、きっと惨劇から四十年の間、命あるものは何一つ、あの恐ろしい部屋に入ってはいなかったのでしょう。
部屋の一方には黒檀で出来た大きな天蓋付きの寝台があり、そのダマスク織りの垂れ幕は白黴や青黴で覆われていた。寝具はすべて完璧に整えられ、その上には本が一冊、開いた頁を伏せて置いてあった。それ以外の調度品は、古い椅子が何脚かと、彫刻入りの楢(なら)材の箪笥が一つ、象眼細工が施された大きな机が一つ。机の上は本や文書で覆われ、片隅には底に黒っぽく固そうな沈殿物の溜まった瓶が二、三本と、ほぼ半世紀前に注がれたワインの澱(おり)が黒くこびりついたグラスが一つ。壁に掛けられたタペストリーは黴で緑色になっていたが、破れても色褪せてもいなかった。四十年分の分厚い埃が部屋中を覆っていたものの、それがかえって、あらゆる物をそれ以上の劣化から守っていたのだった。蜘蛛の巣も、鼠に囓られた痕もなければ、菱形のガラスが嵌め込まれた窓の下にも、蛾や蝿の死骸すらなかった。あたかも生命が完全に、決定的に閉め出されていたかのように。
男たちは好奇の目で部屋の中を見回し、しかしきっとその心中には、畏怖の念と、無意識の恐怖がないわけではなかっただろう。しかし、どれほどの本能的な躊躇を感じていたにせよ、二人は口に出しては何も言わず、手早くひと晩を過ごす支度を始めた。どうしてもやむを得ない場合を除いて部屋のものには極力触れないことにし、片隅に宿から借りた敷き布団とシーツを敷いて寝床をこしらえた。大きな暖炉の、四十年前に火が消えて固まった灰の上に薪をどっさりと積み上げ、古い木の櫃(ひつ)をテーブルにし、その上にひと晩を楽しむために用意してきた品々を並べた。食べ物、二、三本のワインの瓶、パイプと煙草、そして、二人にとって絶対に欠かせない旅のお供であるチェス盤。
これらすべてを、二人は自分たちで行った。宿の主人は外壁の中にすら一歩たりとも足を踏み入れようとしなかったのだ。こんなことはもう金輪際、お断りだ、あんたらみたいな愚かな頑固者は勝手に地獄でくたばるなり何なりするがいい、わしは絶対に手伝ったりはせんぞ。馬丁の若者の一人が、食べ物と薪の入った籠と寝床を抱えてくねくねと曲がる石段を上がってはくれたが、彼もまた、金を見せようが頼み込もうが脅そうが、呪われた部屋の中には入ろうとせず、足早に迫ってくる夜に備えてせっせと支度をする向こう見ずな二人を恐る恐る見つめていた。
やがて準備万端整い、いったん宿に戻って夕食を摂ったルペルトとオットーは、日が暮れてからクロフスベルト城に向けて出発した。村人たちの半分がぞろぞろとその後についていった。というのも、ペーター・ロスコフが驚きに口をぽかんと開けた男女の群衆の前で一部始終をぺらぺらと喋ったからで、本当にその計画を実行に移すのかどうか知りたくて、畏怖と敬意の入り交じった思いを抱きつつ、彼らは二人の若者の後に黙々とついていったのだった。しかしすでに暗くなりかかっていたので、誰も塔の階段の入口から先には行こうとしなかった。水を打ったような沈黙の中、彼らは二人の頑固な若者が自らの命を危険に晒してまで、崩れた城壁の瓦礫の中に塔のようにぽつんと立っている天守閣の中に入っていくのを見守っていた。しばらくして頭上の高窓に明かりが見えると、彼らは諦めの溜息を吐(つ)いて帰っていき、朝が来て自分たちの不安と警告が現実のものになるのをぼんやりと待った。
一方その頃、幽霊狩りに来た二人は赤々と火を焚き、たくさんの蝋燭に火を灯し、腰を落ち着けてなり行きを待った。後になって、ルペルトがE――嬢の叔父に語ったところによれば、その時の二人はこれっぽっちも恐怖は感じておらず、ただ侮蔑混じりの好奇心を抱いていただけだったという。それから旺盛な食欲で、格別に美味い夜食を楽しんだ。
長い夜だった。チェスを何局も指しながら真夜中を待った。一時間、また一時間が過ぎても、夜の単調さを破るようなことは何一つ起こらなかった。十時になり、十一時が過ぎ――もうすぐ真夜中になりそうだった。暖炉に薪を足し、新しい蝋燭に火を灯し、拳銃の手入れをし――そして待った。村の時計が十二時を打った。分厚い石壁に穿(うが)たれた高窓を通して届くその音は、くぐもって聞こえた。何も、重い沈黙を打ち破るようなことは何一つとして起こらなかった。がっかりしつつもほっとして、二人は顔を見合わせ、今回の狩りもまた「外れ」だったことを認めた。
とうとう、これ以上退屈な思いをしながら起きていても意味がないので、寝た方がいいと二人は判断した。オットーは敷き布団に寝そべると、ほとんど間髪を入れずにそのまま寝入ってしまった。ルペルトはパイプを吸い、高い位置に並ぶ窓の割れたガラスとねじ曲がった鉛の枠越しに、星々が夜空をのろのろと横切っていくのを眺めながらまだしばらく起きていた。暖炉の炎が小さくなり、奇妙な形の影が朽ちゆく壁の上で謎めいた動きを見せるのを眺めながら。そうしているうちに、天井の真ん中で十字に交わる楢材の梁から下がっている鉄鉤から目が離せなくなった。恐怖に魅入られるのではなく、病的に魅了されたかのように。
そう、まさにこの鉤から、十二年もの間、夏と冬が十二回移り変わっていく長い間、殺人者にして自殺者、アルベルト伯爵の死体が、中世の鎧という奇妙な死装束に包まれてぶら下がっていたのだ。四十年前のあの日、暖炉の火がじわじわと消え、廃墟となった城の中が冷え込んでいく中、伯爵の催した最後の酒池肉林のためにクロフスベルク城に集められ、その結果おぞましい、時ならぬ死を遂げた陽気で、放漫で、不道徳な客人たちの遺体を村人たち探している間も、それは幽(かす)かに軋み、ゆらりゆらりと揺れていたのだ。
それにしても、何という奇妙で悪魔的な思いつきだろうか。華麗なる放蕩者たちの社交の中で我と我が一族を破滅させた若く美しい貴族の男が、彼ら愛と快楽だけしか知らぬ紳士淑女を一堂に集めて豪奢で壮大な狂宴を開き、彼らがみな広大な舞踏室で踊っている時に扉に鍵をかけて城全体に火を放ち、その間、自分は天守閣に座って彼らの断末魔の悲鳴を聞き、炎が棟から棟へと広がって、やがて立派な城郭が丸ごと轟々たる火葬場になるのを眺めるとは。そして仕上げに、彼は自らの高祖父の鎧に身を包み、荘厳にして堂々たる城の廃墟の真ん中で首を吊った。こうして偉大なる一族が、偉大なる家系が滅びたのだった。
しかし、それは四十年前のことである。
ルペルトはだんだん眠くなってきた。暖炉の火明かりが揺らめき、閃いた。蝋燭が一本ずつ消えていった。あの大きな鉄鉤は、なぜあれほどくっきりと浮かび上がって見えるのだろう。その奥に見える黒い影はなぜあれほど嘲笑うように踊り、震えているのだろうか――いったい、なぜ?――しかし、彼の疑問はそこで途絶えた。彼は眠っていた。
それからほぼすぐに目が覚めたようだった。ちろちろとではあったものの、暖炉の火はまだ燃えていた。オットーは眠っており、静かで規則的な寝息を立てていた。闇が濃く、厚く、まわりに迫ってきていた。暖炉の火は刻一刻と死に近づいていた。寒さで身体が強張っていた。全き沈黙の中、村の時計が二時を打つのが聞こえてきた。そこで彼は突然の、抗いがたい恐怖を感じて身震いし、天井に吊されたあの鉤をさっと振り仰いだ。
そう、確かにそれはそこにいた。いるだろうと思っていた。それはいたって自然なことに思え、もし何も見えなかったら彼はひどくがっかりしていただろう。しかし今、彼はあの物語が真実であったことを悟った。自分たちが間違っていたこと、そして、時として死者は実際に地上に戻ってくることがあることを。
なぜならそこには、みるみる濃さを増していく暗闇の中、時おり右に左に揺れながら、曇り、錆びついた金属の表面にちらちらと火明かりを閃かせて、黒々とした鋼の塊が浮かんでいたのだ。